2012/1/13
“日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。
「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。
逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。
この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。
ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。
ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。
持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。
自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。
SFって読んだことないけどおもしろいのかな。
文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。
そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。”
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『めがね』を観て、ふと上記の文章を思い出した。
好きなやりとりがあった。
「人は、死んだらどうなるんですか?」「このお魚と同じです。一度死んだら二度と死にません」
どこかで聞いたような感じだな、と思ったら、そうだ、『解夏』だ、と。
「失明した瞬間に、失明する恐怖は終わります。その日があなたにとっての解夏なのでしょう」
これは正確ではないけど、そういうセリフがあった。
終わってしまう恐怖は、終わった瞬間に終わる。
旅は終わる。還る場所がある限り。
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札幌はがっつり冬です。でもいいですよ。十分黄昏れられる。
ストーブの温風に包まれて、スノードームの中のような雪景色をぼんやり眺める。
お正月のお餅が、そういえば余っていたな。
十勝の方から送られてきた小豆があったから、しっかり煮てお汁粉にしよう。
昨夜、夢で見た海へ続く坂道の美しい街が、日本のどこかに本当にあったら良いな、と微笑む。
あとは好きな人の、私に見せたことない表情の事をぼんやり想う。
昨日の一挙一動を思い出して、私はこんなにも、もう戻れないところまで来てしまったのか、とぼんやり嘆く。
忙しい。黄昏れるのに忙しいよ。