「朽ちてゆくまで」って、何だっけ、何のタイトルだっけ、と思ったら宮部みゆきの短編集だった。
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死ぬ準備について。
マホの卒業制作で、幽霊は生者が生きていくために必要とされる存在である、という話をしていて、確かに!とポンと膝を打ったのだけど。
ユウと葬式の話をしていて、自分の死ぬ準備としての葬式、ということにもフムフムと思った。
明日、私が死んでも困らないように、お金をかけて葬式やお墓の手配をしておく。
生者があたふたしないように、きれいに旅立てるように。
他者が死ぬという心構えももちろんだけど、自分だって死ぬんだよ?という準備って意外としていないのかもしれない。覚悟はあっても。
帰り道、Coccoの「遺書」を聴いた。
私が前触れも無く、ある日突然、死んでしまったなら。
カメラはあの人に託そう、紙や材料類はあの子に、服はあの人に、本はあの人に。
葬式はこの人とあの人も忘れずに呼んで。大事だった人だから。住所録残しておくから。
宗派はよく分からない、あとで親に聞こう。淡々としたお坊さんに、淡々とお経を読んでもらおう。
写真はどうしようかな、良いのないんだよな。今度ポートレートを撮っておくからそれにしよう。
火葬場へ見送るときには、どうしようかな、今のところキセルの「ベガ」をかけてほしいな。
骨も多分細いしなあ。骨壺の中は嫌だな。
松前の海がいいな。あの海で生きたイカやウニやアワビにはお世話になったから、恩を返さないといけない。
春の石浜で小さくうずくまって眠っていたら、小指の爪にも満たない小さな甲虫がいつの間にかそばにいてくれたこと、多分一生忘れないから。
だから、あの海に撒いてほしいな。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。