大昔の恋人が、youtubeの再生リストの中で生き続けている。
レディオヘッドの「Killer Cars」が。
音速ライン『流星ライン』
インディの頃のアレンジの方が好きだったけど、探しても見つからなかった。
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文学部棟を出て歩いていたら、流れ星を見ました。
すごく明るくて大きかったので、一人でわっちゃわっちゃ。
けど、メガネかけていなかったし、一緒に歩いていたユウは見ていなかったし、だんだん自信がなくなってきました。
街灯だったかもしれない。ヘッドライトだったのかもしれない。
そう思って、ツイッターで「流れ星」と検索してみました。
すると、あの同じ時間に「流れ星見たよー!」というツイートがたくさん。
わあ良かった。間違いじゃなかった。
一瞬すぎて、不意打ちすぎてお願いするのもままならなかった。
次からちゃんと考えておこう。
叶わないことや、身を引かなくてはいけない瞬間は、いくらでも、今この瞬間にもあるから。
自分の力ではどうしようもないことが、いつかチャンスや奇跡という名前で私に降り注ぎますように。
そう祈っておこう。
2/23〜24でトーキョーに行ってきました。
説明会2つに参加して(本来の目的)、展覧会5つ見て来ました。
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【原美術館 ジャン=ミシェル オトニエル『マイウェイ』】
オトニエル(って呼んでいいのか?いいのか?)は圧巻。ガラスを使い始めた頃からが洗練された印象で好きだな。
硫黄とか使っていた頃は、何だか迷っているようなそんな印象だったから。
ご年配の来館者の方も、「意味とかは分からないけれど、ただただステキ」と言っていたし。
ガラスを素材として使うこと=繊細な印象を持たせること、だと思っていたから、大振りで大胆なガラス作品がとても印象的だった。どちらかというとオモチャのビーズのような。
図録は仕立てが良くて上品。お金の持ち合わせが無くて買えなかったことをひたすら悔やむ。オンラインショップでポチッたけどな!
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【Bギャラリー Shelter Serra & Ivory Serra『Endless Time』】
Bギャラリーはキュレーターの方とお話が出来てよかった。
キューバでのスナップフォトに関して、「キューバの中に今も残る古き良きアメリカ」を捉えているのだと解説して下さった。
「昔が良かったなんて言うつもりもないし、大切なのはこれからなんだけど、やっぱりアメリカには強くあってほしいんだよね。俺らの憧れたあの頃のアメリカのようにさ」
というお話を聞いて。目から鱗だった。そういう考え方に触れたことは無かった。
憧れのアメリカ、憧れのスーパースター。
「別に長嶋に戻ってきてほしいとは思わないけど、巨人は強くあってほしい、ってことですか?」と聞くと、「そうそう」と笑って答えてくれた。
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【DESIGN HUB 『my home town 私のマチオモイ帖』】
想像以上に(偉そうにすみません)良い展覧会でした。クリエイターそれぞれの古郷や思い出の場所に関して、一冊本を作る。ZINEやフリーペーパー作る人は行って損はないと思うなー。
コンテンツ、編集、内容に見合ったデザイン。この3つのバランスってとっても大事。
全部の冊子、それぞれよかったんだけど、何だろー…
コンテンツに関して言えば存分に主観的に語って良いのかもしれない。その人にしか見えないもの、言えないことが読みたいんだから。
ただのスポット紹介じゃつまらないんだよなー。その場所と自分との関係性を前面に押し出したものがやっぱり読んでて面白い。もしくはその場所のある特定のものに対象を絞るとかね。これは編集にも関わってくると思うけど。
デザインもなぁ。やっぱりみんな藤原江里奈や市橋織江の写真集みたいなのばっかりだったんだよね。そういう、どっかで見たことあるものなんか見たくないのに。
そういう意味でイラストレーターさんの作る冊子の訴えかける強さは半端なかった。この人にしか見えない世界を、この人だけのやり方で描いていた方が多かった。
写真集で唯一グッと来たものもあって、どれかは伏せるけど、コンテンツは目新しいものじゃなかったにせよ、場所と人との絆や本自体の仕立ての良さ、丁寧な仕事が際立っていた。しかも学生さんが作っているとのことで、すごく応援したい。真っすぐに人を見据える強さと度胸、柔らかいまなざしが同居していた。ほしかったなーあの作品…
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国立新美術館 『東京五美術大学連合卒業・修了制作展』『文化庁メディア芸術祭』にも行ったけど、あまり回れなかったので割愛ね。
札幌での展覧会は全然行けてないからなー。意識して回らなくては。
2012/1/14
で、「かもめ食堂」。
2006年の公開時に劇場で観たけれど、もう一度味わいたくなって借りてしまいました。
物語のスパイスとしての「シビアさ」がすごくいいなあ。
人は変わっていくもので、他人がそれを止める権利はない。
世界中のどこにいたって、哀しい人は哀しい。
この映画の淡々とした語り口や世界観は、「だからこそ、人生は愛おしいんだよ」という哀しみを前提とした希望をさらりと見せてくれている。
ミドリが「私が居なくなったら寂しくなりますか?」と聞いたときに、サチエが「まあでも、元々一人で始めた店ですからねえ」というシーンが好きだ。
本意なのか、言い聞かせているのか、あるいは両方なのか。
『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』で、トッペマが「運命のレールを元に戻すだけよ!」と言って捨て身の攻撃をするシーンを不意に思い出す。涙が出るほどのあの名台詞。
元々は一人だったから、一人に戻るだけだよ。
それは事実だけど、きっとサチエさんにとっても真実じゃないんだろうな。
2012/1/14
小林聡美は「めがね」のような訪問者よりも、この「プール」のような受け入れる側の人の方がしっくり来るかもしれないなあ。
実は伽奈のファンでして。何気ない言葉の一つ一つが聞いていてちっとも邪魔じゃなかった。
黒髪ショートで顔立ちがクールで高身長。どストライクです。
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不器用さというか。うーん。あんまりそういう言い方はしたくないんだけど。
娘へ贈るストール。布を真剣に選んで、夜なべをして刺繍をして。
娘のベッドの枕元には赤い小さな花束を置いて。
娘が初めて自分の元の訪れた日の夕食は、張り切ってちらし寿司にして。
けれど、そんなことは娘の前ではおくびにも出さず、いつだって自分の生きたいように生きてきた。
もどかしくて、愛おしい。
こんな風に、こんな風なやり方でしか、伝えられないんだ。
自分の娘に、私は自分のやりたいようにこれからも生きていくけれどそれでもあなたを愛している、と。
「さよさん、やっぱり似てますよ、京子さんに」
母親と一緒に暮らしたかった。それは叶わなかったけれど、イコール、母親が自分を愛していない、というわけじゃない。
人生で様々な人との出会いと別れを繰り返し、互いに影響を与え合う。
それが例え肉親であっても、同じこと。
娘のさよも十分不器用だし、大人げない。それでもきっといつか京子のように、自分なりの愛し方を見つけてゆくようになるんだろう。
人生って面白い。一瞬一瞬が過去の選択の上に成立しているのに、自分が今ここで確かに生きていることが、何だか奇跡のようだ。
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しかしあれですね。「めがね」の主題歌は大貫妙子で、「プール」は佐野遊穂。「かもめ食堂」は井上陽水だったね。なんて凄みのあるメンバー。
それぞれ、人生の酸いも甘いも歌い尽くそうとしている人たちじゃないですか。
昨日、考古と食べに行ったお好み焼き屋さんでも井上陽水が流れていた。レッチリも、ビートルズも、矢野顕子も。すごい選曲だった。
私は私以外の人にはなれないし、その代わりもできないのであれば。
私は私なりのやり方で愛していると伝え続けなくてはいけないし、相手の心の中の私しか居れない場所をきれいに掃除して、甘めのお香を焚いておくしかないんだな。
次の炭酸の準備はできている。けれどその前に、もう少し、頑張るね。
明日も優しい雪が降りますように。おやすみなさい。
2012/1/13
“日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。
「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。
逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。
この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。
ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。
ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。
持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。
自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。
SFって読んだことないけどおもしろいのかな。
文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。
そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。”
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『めがね』を観て、ふと上記の文章を思い出した。
好きなやりとりがあった。
「人は、死んだらどうなるんですか?」「このお魚と同じです。一度死んだら二度と死にません」
どこかで聞いたような感じだな、と思ったら、そうだ、『解夏』だ、と。
「失明した瞬間に、失明する恐怖は終わります。その日があなたにとっての解夏なのでしょう」
これは正確ではないけど、そういうセリフがあった。
終わってしまう恐怖は、終わった瞬間に終わる。
旅は終わる。還る場所がある限り。
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札幌はがっつり冬です。でもいいですよ。十分黄昏れられる。
ストーブの温風に包まれて、スノードームの中のような雪景色をぼんやり眺める。
お正月のお餅が、そういえば余っていたな。
十勝の方から送られてきた小豆があったから、しっかり煮てお汁粉にしよう。
昨夜、夢で見た海へ続く坂道の美しい街が、日本のどこかに本当にあったら良いな、と微笑む。
あとは好きな人の、私に見せたことない表情の事をぼんやり想う。
昨日の一挙一動を思い出して、私はこんなにも、もう戻れないところまで来てしまったのか、とぼんやり嘆く。
忙しい。黄昏れるのに忙しいよ。
あけましておめでとうございます◎
毎年色々なことがめまぐるしく変わっていくので、何が何処でどうなるか予想もつきません。
ただ今年も、いっぱい遊びたいです。修論の年ですが。
私はまだまだ風の子でいたい。いつまでも遊び続けたいです。
エキサイティングに、クリエイティブに、アクティブに、貪欲に、いこ。
今年もよろしくお願いいたします。
お正月に先駆けてちょいとお知らせ。
子ども映画制作ワークショップ2011作品「命の樹」が、シアターキノで上映されます!
同時上映は「やぎの冒険」。沖縄の中学生が監督の短編映画です。
1/2〜6の16:25から一日一回上映になります。
どちらもかなりの感動作です。ぜひ観に来て下さい◎
Rei Harakami「Come Here Go There」
年の瀬。ふと思う。
rei harakamiも志村も、もうこの世界を表現することはできないんだよな。
彼らが歌うことのできない世界を、今、私は生きている。
そのことを、多分一生忘れちゃいけないんだ思う。
「UP SIDE DOWN クリエイションレコーズ・ヒストリー」
今日はこの映画を見てきました。音楽の系譜全然知らないで聞いてたなあ。
そうかそうか、オアシスはこういう流れの中で出てきたんだな。ふむふむ。
「怒り」のエネルギーや、「カオス」から生まれる禍々しくも美しいポップスたちに出会えました。
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こういうことの繰り返しなんだと、分かっていたはずなんだけどなあ。
杏酒に今日も新しい炭酸を混ぜる。付け合わせは豆のペーストとハッシュドポテト。
「私じゃダメかな。私じゃダメですか。」
「いつもと変わらないことしか話せない、家路を急ぐ私は一人きり。」
自分は今日も愚かで醜くて意地汚いです。分かっていてもやめられない。
この鼻も舌も睫毛も、キツい炭酸に溶かされて消えてなくなってしまえばいい。
私の真っ黒な瞳を満たす黄金の液体が、神経の隅々まで染み渡って。
そして、いつか、ほんの少しでも分かってもらえますように。
今日も北の街は鋭敏な風が吹いている。